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RV

キャンパーで過ごす、ゆっくりした一週間

2026年5月20日
キャンパーで過ごす、ゆっくりした一週間

「キャンパーで一週間、何をするんですか」と、よく聞かれます。

正直に答えると、二日目くらいから「何をするか」という問いそのものが薄れていって、運転と停車が日々の形になっていきます。残る問いは「今日はどんな一日になるのか」だけ。

これは去年の秋、ホンダ・オデッセイで走った一週間の記録です。提案でも、おすすめでもありません。ひとつの旅の形です。

1日目 — 出発が遅すぎた

3時に東京を出ました。中央道は午後の渋滞時間。笹子のトンネルを抜けたころには、もう光が金色に低く、甲府盆地が黄色く染まっていました。

高速を降りて、ぶどう畑のあいだの細い道を走り、河口湖着は夜7時半。湖は見ずに、道の駅でカップ麺を作って、寝ました。オデッセイのベッドは本当にフラットで、家のベッドと変わらない感触で眠れます。

2日目 — 5時20分の湖

湖のそばで眠ると、湖のそばで目が覚めます。窓は東向き。光が始まったので起きました。

5時20分、河口湖に霧が立つ独特のかたち。湖面からゆっくりと立ち上がる縄のような霧が、どこへも行かずに浮かんでいる。富士山はまだ見えないけれど、雲の切れ目で位置だけはわかります。6時、その切れ目に山が現れて、20分ほど絵葉書の風景。

写真は撮りませんでした。コーヒーを淹れて、ノートを開いて、湖を見ていました。

朝食は北岸の小さな店で。マスターが淹れる一杯ずつのドリップコーヒー、北杜の酪農家のバターを乗せたトースト。レジの上で黒猫が寝ています。

3日目 — 走らなかった日

西へ向かうつもりでした。40kmほど走ったところで、知らない道の駅「とみざわ」の看板が見えて、トイレ休憩のつもりで入りました。

物販コーナーの女性が、義妹が漬けた梅干しを試食させてくれて、買いました。山葵の葉も買いました。山味噌も買いました。気がついたら4時間、道の駅のピクニックテーブルでパンと梅を食べていました。

韮崎までの40分は翌朝走りました。あの木のテーブルでの4時間が、この旅の中で一番長く残っています。

4日目 — 高速の霧

夜中に雨が降って、朝は深い霧と気温の低下。甲府南の高速は灰色の壁の中。キャンパーは霧の高速が苦手なので時速60kmまで落としました。後ろの車も60kmで走ってくれます。日本の高速の優しさは、こういうところに出ます。

霧が晴れたのは山梨の南端で、色づき始めた山に囲まれた渓谷の道。湯村温泉で立ち寄り湯、¥450、無香の柔らかいお湯。1時間半浸かって、旅がやっと始まった気がしました。

5日目 — 道の駅のご家族

南部の道の駅「みなみこしゅう」。観光ガイドには載っていません。水を補給するために寄りました。

お祖母様、お母様、息子さん、4歳の女の子。お祖母様が水を満たしてくれて、お金は受け取らず、裏の柿の実をくださいました。4歳の子はキャンパーの中を見たがって、ベッドに座って、真面目な顔で「私もこういうお家がほしい」とお母様に言いました。お母様は「大きくなったらね」と答え、女の子は小さな判事のように頷きました。

写真でも走行距離でもなく、こういう瞬間がキャンパー旅です。

6日目 — 遠回りで帰路

埼玉県境の山道を越えて秩父へ、最後の夜は元大工さんが営む小さなRVパークで。木造りの檜風呂、6区画だけ、¥3,500。「先にビールどうぞ」と冷蔵庫から渡されました。星が出るまでキャンパーの外に座って、その通り星は出ました。

7日目 — ゆっくり東京へ

5時間かけて東京に戻りました。途中、飯能の蕎麦屋、埼玉のフリマ、踏切で3本電車を見送る場所。3時に車を返却、6泊で箱根の高級旅館一泊より安く、しかし覚えきれないほどの天気と人と光のかたちがありました。

キャンパーは「行く」ための車ではない

キャンパーは「停まる」ための車です。運転はおまけで、駐車そのものが旅。一週間は、どこに停まることを自分に許すか、その停まりをどれだけ長くするか、で形が決まります。

弊社の小さな6台 — マツダ・プレマシーホンダ・ステップワゴン(ブラック)、上のオデッセイ — はこういう旅のために整えました。速くも、機能満載でもありません。ベッドとコンロとケトルと、夜停まった場所に向かって開く窓があります。

そういう旅をお考えなら、ご連絡ください。日程のご相談からゆっくり。

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